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Nightmare Alley (1947)    Dir. Edmund Goulding

悪魔の往く町   エドマンド・グールディング監督

Geek(ギーク)という言葉は、いまでこそコンピューターオタクというような意味合いで、時には尊敬の念を持って使われることもあるが、この映画の時代では、どうも人並みの生活を捨て獣のように成り果てた地に落ちた人間を指すらしい。見せ物小屋の売りの一つ、このGeekは檻にいれられ、生きた鳥やへびを食いちぎったりする芸(?)を披露し、客は好奇心と哀れみの目でそれを楽しんでいる。サーカスのピエロは詩的で哀愁もあるが、見世物小屋のGeekは、精神錯乱一歩手前でおどろおどろしい。この映画は、なにも持たない若い男が、嘘と女を利用して成り上がり、しかし身から出た錆で名声を失いギークにまでなりさがる。そういった栄光と転落を描いている。どの登場人物もキャラクターは強烈ながら、幸福さや明るさかなく、一貫して息苦しくなるような閉鎖感がある。そう言う意味ではフィルムノワール的な匂いがあるかもしれない。

主人公の口八丁手八丁で野心の強い男を演じるタイロン・パワーがすごくいい。見世物小屋の一員として働き始めたばかり。まだ若く美しい。Geekの芸を見て眉をしかめ「なんであんなに落ちてしまったんだろう」と疑問に思っている。タイロンは、まだ舞台で司会のような役回りをしているだけだが、彼はマジシャンの年増の女が、秘密の暗号を使ったマジックを知っているときき、その女に近づいて、コンビを組まないかと迫る。そのマジックで一攫千金を狙おうと考えたのだ。年増マジシャンの腕から手首をなでるように唇をはわすタイロン・パワーの、かっこよくてもどこか信用ならない、だめ男の色気!「ああ、こんな男にひっかかちゃいけないわー」と思いつつ、はまってしまうってやつだ。マジックの秘密の暗号を獲得したあとでは、まるで予言者のような語り口と振る舞いで人気となり、見せ物小屋から高級クラブへと仕事場をかえ、女も利用しショービズ界のスターダムにのしあがっていく。

タイロンの女たちも魅力的だ。タイロンに利用され妻になるコーリン・グレイ(見世物小屋では電磁波ガール)も、地味ながらダメ男につくしてしまう健気さが可愛いし、気が強く金に目がない心理カウンセラーのヘレン・ウォーカーもやたら声がでかく、なげやりに台詞をいう感じがかっこいい。みんながお互いの腹を探りながら、助け合うか、おとしめ合うか、という瀬戸際をつきながら物語が展開していく。スリル満点だ。

ところで、こういった見世物小屋の世界を見ていると、芸というのはコンプレックスの裏返しというか、自らのネガティブな部分を練り上げて作り上げられたものだとよく判る。日本ではもともと芸能は、被差別階級の仕事だったというが、西洋でも見せ物小屋やサーカスなどの旅芸人は、映画で見るとやはり一般から隔離された暮らしのようだ。漂流して浮き沈んでいく様子が刹那的でもの悲しく、そこが文芸や映画で多く取り上げられる由縁だと思うが、ここらで一度、旅芸人映画をまとめて見てじっくり考えてみたくなった。

  • October 20 2010 | - Read More →
  • Tags: 1940's旅芸人Edmund Goulding

ニューヨーク在住8年目。おもしろい映画ってなんなんだろう。いい映画ってどうやってつくるんだろう、と考えるためのブログ。

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