Thieves / Les Voleurs (original title)(1996) Dir. André Téchiné 
BAMのカトリーヌ・ドヌーブ特集にて。見終えて呆然と、はああ、と感嘆のため息。そして映画館を出て、帰り道、ずっと泣きじゃくっていた。そんなお涙頂戴な話では一切無いし、誰も泣いている客はいなかったんだけどシーンを思い出しながら、歩いていたら涙ボロボロ止まらんかった。
邦題は「夜の子供たち」だが、思わせぶりな邦題より、シンプルな「泥棒たち」のほうがいいと思う。物語は、泥棒一家の家長の葬式から始まる。まずは、まだ小学生の、その家長の息子からの視点で話は描かれるが、その後、視点は、死んだ家長の弟(ダニエル・オートュイユ)、その弟の愛人で万引き犯の若い女、その女の恋人の女教授(ドヌーブが同性愛者を演じている)、と移っていく。とはいえ、弟役で泥棒稼業に反発して刑事になったオートュイユの行動や心の動きが物語の軸になるので、主役といっていいのだが、やはり群像劇のような、多視点が絡み合う瞬間もある凝った構成になっている。
世ではまっとうな方であるはずの刑事のオートュイユは、泥棒集団のボスである兄に「あんたはいつも正しいよ!」と言ってしまうほど複雑なコンプレックスを抱えている。オートュイユが肉体関係を持つ万引き犯の女も、なにがそんなに気に食わないのかは、はっきりわからないが、突然の自傷行為に、胸を突かれるような痛々しさがある。そして彼女の恋人のドヌーブは、もともと同性愛者だったわけでなく、その女に会って急に恋に落ちてしまったというし、登場人物みんなが、あらがえない思いに揺れ動く。そんな人々に見入りながら、一般的な善悪関係でもなく、因果関係のはっきりした行動でもなく、ただただ個人的な感情で動かされているドラマって、意味がわからなくても、グッとくるよなあ、と感じた。
思わず涙したのは、遊園地で、少年が車の乗り物を運転するシーン。ついこないだ見直したブレッソンの「少女ムシェット」でもあの乗り物出て来たな…なんて思ったのはつかの間、少年の表情を見て、急に涙。その時のBGMがまたいい。実は中盤でも同じ曲が使われており、一つの曲の2度使いが好きな私には、余計感慨深かった。調べたらCheb Mami というアルジェリア系の移民の歌手の「Douha Alia」という曲だった。もしかしたら、私が英語訳を読み落としたのかもしれないのだが、この泥棒一味はアルジェリア系だったのかもしれない。あれやこれやと、色々思い起こすと、実はやはり緻密に仕組まれた演出だったんだ気づかされた。はああ、すごいんやねえ、と、またため息。

Thieves / Les Voleurs (original title)(1996) Dir. André Téchiné

BAMのカトリーヌ・ドヌーブ特集にて。見終えて呆然と、はああ、と感嘆のため息。そして映画館を出て、帰り道、ずっと泣きじゃくっていた。そんなお涙頂戴な話では一切無いし、誰も泣いている客はいなかったんだけどシーンを思い出しながら、歩いていたら涙ボロボロ止まらんかった。

邦題は「夜の子供たち」だが、思わせぶりな邦題より、シンプルな「泥棒たち」のほうがいいと思う。物語は、泥棒一家の家長の葬式から始まる。まずは、まだ小学生の、その家長の息子からの視点で話は描かれるが、その後、視点は、死んだ家長の弟(ダニエル・オートュイユ)、その弟の愛人で万引き犯の若い女、その女の恋人の女教授(ドヌーブが同性愛者を演じている)、と移っていく。とはいえ、弟役で泥棒稼業に反発して刑事になったオートュイユの行動や心の動きが物語の軸になるので、主役といっていいのだが、やはり群像劇のような、多視点が絡み合う瞬間もある凝った構成になっている。

世ではまっとうな方であるはずの刑事のオートュイユは、泥棒集団のボスである兄に「あんたはいつも正しいよ!」と言ってしまうほど複雑なコンプレックスを抱えている。オートュイユが肉体関係を持つ万引き犯の女も、なにがそんなに気に食わないのかは、はっきりわからないが、突然の自傷行為に、胸を突かれるような痛々しさがある。そして彼女の恋人のドヌーブは、もともと同性愛者だったわけでなく、その女に会って急に恋に落ちてしまったというし、登場人物みんなが、あらがえない思いに揺れ動く。そんな人々に見入りながら、一般的な善悪関係でもなく、因果関係のはっきりした行動でもなく、ただただ個人的な感情で動かされているドラマって、意味がわからなくても、グッとくるよなあ、と感じた。

思わず涙したのは、遊園地で、少年が車の乗り物を運転するシーン。ついこないだ見直したブレッソンの「少女ムシェット」でもあの乗り物出て来たな…なんて思ったのはつかの間、少年の表情を見て、急に涙。その時のBGMがまたいい。実は中盤でも同じ曲が使われており、一つの曲の2度使いが好きな私には、余計感慨深かった。調べたらCheb Mami というアルジェリア系の移民の歌手の「Douha Alia」という曲だった。もしかしたら、私が英語訳を読み落としたのかもしれないのだが、この泥棒一味はアルジェリア系だったのかもしれない。あれやこれやと、色々思い起こすと、実はやはり緻密に仕組まれた演出だったんだ気づかされた。はああ、すごいんやねえ、と、またため息。

Brighter Summer Day (1991)   Dir. Edward Yang
When I made my first independent movie in Japan, I was told “Yours is bit like Edward Yang”. At the time I became aware of auteurism but I had never seen Taiwanese movies and never heard of Yang’s name. I rushed to a rental video shop and watched his Terrorizers. I fell in love immediately. Mr.Yang was my first love toward an auteur film.      
In the US, we don’t see any of his DVD but Yi Yi. People have been rediscovering Yang’s film and that’s why one day screening of Brighter Summer Day at BAM was so packed. World Cinema Foundation Founded by Martin Scorsese restored this movie and made the screening possible. Thanks, Martin!   
原題、邦題「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」だが、見直して気づいたのは、Brighter Summer Day というのも、ちゃんと劇中にタイトルとして表記されるので、こちらも原題だった。エドワード・ヤンはアメリカでも知名度は高いものの、なぜかほとんどの映画がDVD化されていない。だからかBAMでの一日だけの上映会もほぼ満席。マーティン・スコセッシが創設した World Cinema Foundationによって、修復された完全版で見る事ができた。このWCFは、映画産業からは見捨てられているが、スコセッシが保存すべきと考えた映画をよい状態で残していこうという非営利団体だ。スコセッシありがとう!
10年ほど前、映画監督になりたい、と思ってから最初に尊敬すべき監督として意識したのがエドワード・ヤンだった。当時、全然映画の知識もない私は、自主映画制作の先輩たちに助けられて一作目の長編をなんとか完成したが、自分では「なんかだらだらしたカット割りの少ない映画になってしまったなあ」と落ち込んでいた。ところが、映画を誉めてくれた人もいて、そのうちの一人が「エドワード・ヤン、好きなんですか?」と聞いてきたのだ。ヤン?誰?と思い、あわてて「恐怖分子」「恋愛時代」をレンタルして見た。自分がぼんやり想像していたことを、すっかりやってのけているのに愕然として、うちひしがれてしまったのを覚えている。そこから私はヤンさんとは違う方向に行かなきゃ、と喜劇やらミュージカルを見まくった。
いま書いているのは、映画の感想でもなくて、他人にとってはどーでもいい話だけど、私にはヤンさんには、かなわなかった初恋のような複雑な思いがあるのだ。若くして他界したヤンさんの映画は少ないが「牯嶺街少年殺人事件」だけは、なぜかタイミングを逃し続け、見ないままでいた。初恋から何年も経ち、ようやくニューヨークで見る事になった。なかなか感慨深い。
日本では、有名な評論家の先生たちが、分析しつくしているはずなので、私など別段言うことはないような気もして来た。感じたのは、大人になって初恋の人と冷静に対峙してみたが、ヤンさんが天才でなくたいへんな勉強家なのだとわかり、ちょっとほっとした。努力し続ければ手の届く人かもしれない、と思ったほうが励みになるので、そう思い込むことにしよう。

Brighter Summer Day (1991)   Dir. Edward Yang

When I made my first independent movie in Japan, I was told “Yours is bit like Edward Yang”. At the time I became aware of auteurism but I had never seen Taiwanese movies and never heard of Yang’s name. I rushed to a rental video shop and watched his Terrorizers. I fell in love immediately. Mr.Yang was my first love toward an auteur film.      

In the US, we don’t see any of his DVD but Yi Yi. People have been rediscovering Yang’s film and that’s why one day screening of Brighter Summer Day at BAM was so packed. World Cinema Foundation Founded by Martin Scorsese restored this movie and made the screening possible. Thanks, Martin!   

原題、邦題「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」だが、見直して気づいたのは、Brighter Summer Day というのも、ちゃんと劇中にタイトルとして表記されるので、こちらも原題だった。エドワード・ヤンはアメリカでも知名度は高いものの、なぜかほとんどの映画がDVD化されていない。だからかBAMでの一日だけの上映会もほぼ満席。マーティン・スコセッシが創設した World Cinema Foundationによって、修復された完全版で見る事ができた。このWCFは、映画産業からは見捨てられているが、スコセッシが保存すべきと考えた映画をよい状態で残していこうという非営利団体だ。スコセッシありがとう!

10年ほど前、映画監督になりたい、と思ってから最初に尊敬すべき監督として意識したのがエドワード・ヤンだった。当時、全然映画の知識もない私は、自主映画制作の先輩たちに助けられて一作目の長編をなんとか完成したが、自分では「なんかだらだらしたカット割りの少ない映画になってしまったなあ」と落ち込んでいた。ところが、映画を誉めてくれた人もいて、そのうちの一人が「エドワード・ヤン、好きなんですか?」と聞いてきたのだ。ヤン?誰?と思い、あわてて「恐怖分子」「恋愛時代」をレンタルして見た。自分がぼんやり想像していたことを、すっかりやってのけているのに愕然として、うちひしがれてしまったのを覚えている。そこから私はヤンさんとは違う方向に行かなきゃ、と喜劇やらミュージカルを見まくった。

いま書いているのは、映画の感想でもなくて、他人にとってはどーでもいい話だけど、私にはヤンさんには、かなわなかった初恋のような複雑な思いがあるのだ。若くして他界したヤンさんの映画は少ないが「牯嶺街少年殺人事件」だけは、なぜかタイミングを逃し続け、見ないままでいた。初恋から何年も経ち、ようやくニューヨークで見る事になった。なかなか感慨深い。

日本では、有名な評論家の先生たちが、分析しつくしているはずなので、私など別段言うことはないような気もして来た。感じたのは、大人になって初恋の人と冷静に対峙してみたが、ヤンさんが天才でなくたいへんな勉強家なのだとわかり、ちょっとほっとした。努力し続ければ手の届く人かもしれない、と思ったほうが励みになるので、そう思い込むことにしよう。

ニューヨーク在住8年目。おもしろい映画ってなんなんだろう。いい映画ってどうやってつくるんだろう、と考えるためのブログ。