The Girl in the Red Velvet Swing/ 夢去りぬ (55)  
La fille coupée en deux/The Girl Cut in two/引き裂かれた女 (2007)
テレビをつけたら、シャブロルの遺作「引き裂かれた女」がフリーオンデマンドのリストに載っていた。そういえば、これも見たいと思いながらこれもずっと見ていないまま。ほんと時間が全然足りない…。リストの紹介に”In this Hitchcockian thriller…(ヒッチコック風のスリラー)” とあり、昨日「白い恐怖」を見た所だったので、ヒッチ週間でも始めるべく鑑賞。でも、この笑ってしまうぐらいのはっきりしたキャラの3人の登場人物(既婚の渋いモテ中年、若く純粋な小娘、金持ちのマザコン男)と、その三角関係の展開が、ついこのあいだDVDレンタルしたリチャード・フライシャーの「The Girl in the Red Velvet Swing」(邦題「夢去りぬ」)に似てるなー。というか、これはリメイク?「The Girl…」の冒頭で「これはスキャンダラスな実話をもとに…」という解説があったことを思い出し、調べてみたらやはり同じ元ネタだった。
フライシャー版では、若い踊り子のジョーン・コリンズが有名建築家の中年プレイボーイ、レイ・ミランドの隠れ家に招かれる。そこでお転婆コリンズは、階段をあがっていった先にある秘密の部屋を見つける。その部屋のデザインがかなり奇抜で、中心には、(ちと成金ぽい)ゴージャスな赤いブランコが、高い天井からぶらさがっている。コリンズがブランコをこぎ、ミランダがその背中を押す。「もっと!もっと!」とコリンズ、「月まで届け!」とミランダ。ブランコが最高地点に達すると、ついにはコリンズの足が天井に描かれた満月の絵を蹴る。といったシーンだが、高くなっていくブランコとともに、二人の興奮と音楽も盛り上がり、赤面を通り越した強烈な、これぞメロドラマな演出だが、照明の雰囲気が不穏でやけに怖い。この映画の中で一番印象的なシーンだ。
ところが、シャブロル版では、その秘密の部屋で何があったのかは、一切見せないようにようにされていた。男が小娘の手をひいて、暗い階段をあがって消えたあとは、次のシーンに行ってしまう。どんな過激な内容を見せても、結局あのブランコには勝てないだろう…というシャブロルの諦めでもあり、だからこそ勝ちめのある作戦だったのではと、私は思う。現代劇では、ありえないようなメロドラマ色の強い愛憎劇なのだが、シャブロルは、フライシャー版より妙な説得力で見せきっているのが凄い。
とはいえ、振り返ってみると、いつもなら、同じ話でも監督が違えば仕上がりは全然違ってそれが演出の力というものだろう、と言いたくなるが、全体を通すと受ける印象はとても似ている。やっぱりこれは実話をもとにしたというより、シャブロルがフライシャー版をリメイクしたのだと思う。でもヒッチコックを愛してやまないシャブロルの遺作が、フライシャーのリメイクになったとは。

The Girl in the Red Velvet Swing/ 夢去りぬ (55) 

La fille coupée en deux/The Girl Cut in two/引き裂かれた女 (2007)

テレビをつけたら、シャブロルの遺作「引き裂かれた女」がフリーオンデマンドのリストに載っていた。そういえば、これも見たいと思いながらこれもずっと見ていないまま。ほんと時間が全然足りない…。リストの紹介に”In this Hitchcockian thriller…(ヒッチコック風のスリラー)” とあり、昨日「白い恐怖」を見た所だったので、ヒッチ週間でも始めるべく鑑賞。でも、この笑ってしまうぐらいのはっきりしたキャラの3人の登場人物(既婚の渋いモテ中年、若く純粋な小娘、金持ちのマザコン男)と、その三角関係の展開が、ついこのあいだDVDレンタルしたリチャード・フライシャーの「The Girl in the Red Velvet Swing」(邦題「夢去りぬ」)に似てるなー。というか、これはリメイク?「The Girl…」の冒頭で「これはスキャンダラスな実話をもとに…」という解説があったことを思い出し、調べてみたらやはり同じ元ネタだった。

フライシャー版では、若い踊り子のジョーン・コリンズが有名建築家の中年プレイボーイ、レイ・ミランドの隠れ家に招かれる。そこでお転婆コリンズは、階段をあがっていった先にある秘密の部屋を見つける。その部屋のデザインがかなり奇抜で、中心には、(ちと成金ぽい)ゴージャスな赤いブランコが、高い天井からぶらさがっている。コリンズがブランコをこぎ、ミランダがその背中を押す。「もっと!もっと!」とコリンズ、「月まで届け!」とミランダ。ブランコが最高地点に達すると、ついにはコリンズの足が天井に描かれた満月の絵を蹴る。といったシーンだが、高くなっていくブランコとともに、二人の興奮と音楽も盛り上がり、赤面を通り越した強烈な、これぞメロドラマな演出だが、照明の雰囲気が不穏でやけに怖い。この映画の中で一番印象的なシーンだ。

ところが、シャブロル版では、その秘密の部屋で何があったのかは、一切見せないようにようにされていた。男が小娘の手をひいて、暗い階段をあがって消えたあとは、次のシーンに行ってしまう。どんな過激な内容を見せても、結局あのブランコには勝てないだろう…というシャブロルの諦めでもあり、だからこそ勝ちめのある作戦だったのではと、私は思う。現代劇では、ありえないようなメロドラマ色の強い愛憎劇なのだが、シャブロルは、フライシャー版より妙な説得力で見せきっているのが凄い。

とはいえ、振り返ってみると、いつもなら、同じ話でも監督が違えば仕上がりは全然違ってそれが演出の力というものだろう、と言いたくなるが、全体を通すと受ける印象はとても似ている。やっぱりこれは実話をもとにしたというより、シャブロルがフライシャー版をリメイクしたのだと思う。でもヒッチコックを愛してやまないシャブロルの遺作が、フライシャーのリメイクになったとは。

“Magnificent obsession” (54) Directed by Douglas Sirk
この映画でメロドラマとスクリューボールコメディーは交換可能なプロットなんだとわかった。ありえない状況でのボーイ・ミーツ・ガールがあって、二人の愛憎劇とともに物語はあれよあれよと意外な方向へ。無謀に見えて、実は緻密な演出が不可欠なジャンルである。
二人の出会いはこんな感じ。
未亡人ジェーン・ワイマンが運転する車の前で行き倒れているロック・ハドソン。彼は、事故を起こして入院していたが、退屈で抜け出して来た。その病院というのが、ワイマンの亡き夫のものなのだが、二人はお互いの素性をまだ知らず、ワイマンはハドソンを車に乗せる。ナンパしてくるハドソンにワイマンは、町に一個の蘇生機が同時期に起きた別の事故に使われていたせいで私の夫は死んだ、と告げる。そこでハドソンは『ええ?その別の事故って俺じゃん』(と口には出さぬが)というところからスクリューが加速する。
愛憎が絡み合い始めた予感。複雑なのに非常に効率のよい展開だ。
そして、ハドソンはつぐないのための行動に出るのだが、そのせいでさらに事故がおこり、起業家だったハドソンが急に医者を目指したり、二人が恋人になったかと思いきや、ワイマンが行方不明になったりともうえらいことや。
これが大ヒットということで、サークが二人で2作目、傑作「天が許し給うすべて(All That Heaven Allows)」を作った。50年代の映画界は、ほんまえらいことやで。

“Magnificent obsession” (54) Directed by Douglas Sirk

この映画でメロドラマとスクリューボールコメディーは交換可能なプロットなんだとわかった。ありえない状況でのボーイ・ミーツ・ガールがあって、二人の愛憎劇とともに物語はあれよあれよと意外な方向へ。無謀に見えて、実は緻密な演出が不可欠なジャンルである。

二人の出会いはこんな感じ。

未亡人ジェーン・ワイマンが運転する車の前で行き倒れているロック・ハドソン。彼は、事故を起こして入院していたが、退屈で抜け出して来た。その病院というのが、ワイマンの亡き夫のものなのだが、二人はお互いの素性をまだ知らず、ワイマンはハドソンを車に乗せる。ナンパしてくるハドソンにワイマンは、町に一個の蘇生機が同時期に起きた別の事故に使われていたせいで私の夫は死んだ、と告げる。そこでハドソンは『ええ?その別の事故って俺じゃん』(と口には出さぬが)というところからスクリューが加速する。

愛憎が絡み合い始めた予感。複雑なのに非常に効率のよい展開だ。

そして、ハドソンはつぐないのための行動に出るのだが、そのせいでさらに事故がおこり、起業家だったハドソンが急に医者を目指したり、二人が恋人になったかと思いきや、ワイマンが行方不明になったりともうえらいことや。

これが大ヒットということで、サークが二人で2作目、傑作「天が許し給うすべて(All That Heaven Allows)」を作った。50年代の映画界は、ほんまえらいことやで。

“Ordet” 「奇跡」(55)  by Carl Theodor Dreyer
When I saw “Day of wrath” in the theatre, I thought I just should stop thinking about a film, because that was the film I would try to make in my life. Well, clearly I started thinking it again, and I netflixed “Ordet”.
I realized that it was too stupid to watch Dreyer’s film on DVD. It still looked perfect and I really wanted feel the miracle but it didn’t happen on “TV screen”. Dreyer is one of the purist and the most authentic filmmakers and I found his miracle appeared only on a film screen, because his sense of space and gradation make the depth on only film screen.
It’s obvious that watching a film in the theatre is better, but I take is more seriously today. The miracle of pure film will have more hard time in the future. It’s very risky to have faith in pure essence of film if you are a new filmmaker. That’s sad.
ドライヤーの「怒りの日」を映画館で見た時は打ちひしがれた。もうこんなすごい映画があるのに、なんで私がまた映画をつくんなきゃならないのかって思ってしばらく映画から遠ざかった。でもこりずに「奇跡」をDVDレンタルしまった。
ところが、予想してた映画的奇跡が起きない。理由は簡単でテレビ画面で見ているからだ。映画の真髄だけで組み立てられる映画ってやっぱり映画館でしか感動できない。i-pod で映画を見る時代に悲しい事実。

“Ordet” 「奇跡」(55)  by Carl Theodor Dreyer

When I saw “Day of wrath” in the theatre, I thought I just should stop thinking about a film, because that was the film I would try to make in my life. Well, clearly I started thinking it again, and I netflixed “Ordet”.

I realized that it was too stupid to watch Dreyer’s film on DVD. It still looked perfect and I really wanted feel the miracle but it didn’t happen on “TV screen”. Dreyer is one of the purist and the most authentic filmmakers and I found his miracle appeared only on a film screen, because his sense of space and gradation make the depth on only film screen.

It’s obvious that watching a film in the theatre is better, but I take is more seriously today. The miracle of pure film will have more hard time in the future. It’s very risky to have faith in pure essence of film if you are a new filmmaker. That’s sad.

ドライヤーの「怒りの日」を映画館で見た時は打ちひしがれた。もうこんなすごい映画があるのに、なんで私がまた映画をつくんなきゃならないのかって思ってしばらく映画から遠ざかった。でもこりずに「奇跡」をDVDレンタルしまった。

ところが、予想してた映画的奇跡が起きない。理由は簡単でテレビ画面で見ているからだ。映画の真髄だけで組み立てられる映画ってやっぱり映画館でしか感動できない。i-pod で映画を見る時代に悲しい事実。

ニューヨーク在住8年目。おもしろい映画ってなんなんだろう。いい映画ってどうやってつくるんだろう、と考えるためのブログ。