遅ればせながら「ヒアアフター」を見る

HEREAFTER  (2010)   Dir. Clint Eastwood

ア メリカでは昨年公開されたが、死後の世界がテーマだし「イーストウッド、とうとうそういうこと考え始めたかあ?」と、ちょっとした哀れみと、いまいち掴み所ない筋のせいで、アメリカでの評価は曖昧だった。そんなんでイーストウッドファンの私まで劇場公開を逃すという始末。 日本で上映中止になったと聞き、あっと思い出してDVDレンタルした。

確かに大津波で始まる映像は、見ていて苦しいとしかいいようがない。自粛には賛成しないが、公開中止もしかたないと正直思った。最初は、なんとなくそんな考えが片隅にあったが、気づくとマット・デイモンが参加するクッキングスクールのシーンで興奮しまくっていた。二人一 組のペアになった生徒たちは、目隠しをしたパートナーに、なにかを食べさせ、目隠しをした人は、それがなにかを当てる、という味覚ゲームが始まるのだが、これがすごい。目隠しで口をあけて、いつ口に運ばれるのか、と待っている女の顔がエロい!日頃から「食べる」ことはエロだとは思っていたが、食べる前(食べさせられる前)に「待つ」こともエロかったんやねえ。そして、マット・デイモンのパートナーの女性は、目隠しのまま自分の過去を告白しだすのだが、それもまたいい。ここ最近、映画の半ばで主要人物の二人が、隠された過去を告白しあい打ち解ける瞬間ってあるよなあ、と思っていたのだけど、この目隠しは、かなり心に留めたい告白の仕方だ。割合最近見たものでは、なにか面白いのか理解不能な「英国王のスピーチ」や、あんまり誉めてる人はいないが結構よかった「The proposal(邦題「あなたは私のムコになる」って残念な…)でも告白から打ち解けシーンがあったけど、いつかそんなシーンをまとめてみたくなった。

で、「ヒアアフター」に話を戻すと、ドラマが展開していくとわかるのが、テーマは「死後の世界」そのものというより、それに縛られたため、生活を変えざるをえなくなった人々がどのように生きて行くか、ということ。スピリチュアルでなくてほっとした が、どうしても、時折出てくる死後の世界のフラッシュバックが、うさんくさかったがためドラマに入りきれず。あれを全部消したバージョンで見てみたかった。

oldhollywood:

Clint Eastwood in Dirty Harry (1971, dir. Don Siegel) (via)
“Dustin Hoffman and Al Pacino play losers very well. But my audience like to be in there vicariously with a winner. That isn’t always popular with critics. My characters have sensitivity and vulnerabilities, but they’re still winners. I don’t pretend to understand losers. When I read a script about a loser I think of people in life who are losers and they seem to want it that way. It’s a compulsive philosophy with them. Winners tell themselves, I’m as bright as the next person. I can do it. Nothing can stop me.”
-Eastwood (1971)

いつも勝ちにいく男、イーストウッド。素晴らしい言葉!

oldhollywood:

Clint Eastwood in Dirty Harry (1971, dir. Don Siegel) (via)

“Dustin Hoffman and Al Pacino play losers very well. But my audience like to be in there vicariously with a winner. That isn’t always popular with critics. My characters have sensitivity and vulnerabilities, but they’re still winners. I don’t pretend to understand losers. When I read a script about a loser I think of people in life who are losers and they seem to want it that way. It’s a compulsive philosophy with them. Winners tell themselves, I’m as bright as the next person. I can do it. Nothing can stop me.”

-Eastwood (1971)

いつも勝ちにいく男、イーストウッド。素晴らしい言葉!

Lincoln Center is doing a feature on Eastwood’s 40 year film career, The Complete Clint Eastwood. I went to see A Fistful of Dollars even though it was not directed by Eastwood because there was live Q&A with himself! …. but via Skype! Well somehow I can be connected to him, right?  It was funny and also exciting situation that very wide range of audience was waiting for Eastwood appearing on Skype page, from small kids to seniors, whites, blacks and Asians. We’re like ” Yeah! Our hero is here!”
リンカーンセンターでクリント・イーストウッド40年の軌跡の特集が組まれている。その40本近くの上映タイトルをざっと見るだけで圧巻だ。ドン・シーゲル監督の「ダーティーハリー」や「アルカトラズからの脱出」でのイーストウッドの演技も最高にかっこいいし、彼自身が監督する「恐怖のメロディ」「ガントレット」「スペースカウボーイ」「ミリオンダラーベイビー」「グラントリノ」ああ、きりがない。どれも素晴らしい大好きな映画ばかり。映画館でもう一度見直したいものも多いがわけあって「荒野の用心棒」を見に行くことにした。彼の映画キャリアの分岐点になったマカロニウエスタン。だが、そんなことより、この日の目玉は、なんと上映後にイーストウッドをゲストに迎えたQ&A!…でも、Skypeでね。それでも、映画スクリーンにスカイプ画面にイーストウッドが映し出されたときは、子供から老人まで、白人、黒人、アジア人も、みんなが歓声をあげ、まさに「イヨッ、我らの大将!」といったムードで、イーストウッドの器のでかさが感じられた。
彼の言葉で印象的だったのは、「ホークス、キャプラ、ワイルダー、マンらの素晴らしい監督たちの記憶をとどめていきたい」という言葉。この名監督たちが引退した直後に映画界に入り、イーストウッドは彼らと一緒に仕事をすることできず、悔し思いをひきずっているそうだ。だからこその正直な憧憬の言葉に感動。その一方で65年製作の「荒野の用心棒」の撮影時では、イタリアの監督レオーネがハリウッドの倫理規定を知らず、強烈な暴力描写を持ち込んでいくのを見て、それも表現の一つさ、と役を演ずるのを躊躇もせず、レオーネに教えようともしなかったという。実際のところ、イタリア人監督とスペインでの撮影、言葉もろくに通じ合わない環境だったそうだが(イーストウッドは「動物園」と称していた)こんな異様な低予算映画に周囲の反対を気にせず、参加した度胸がまずすごい。
実際には「荒野の用心棒」の第一稿は、あまりにもひどかったらしいが、イーストウッドは、台詞を極端に削って、彼なりに無口でミステリアスな「名のなき男」という設定を作り上げたという。「しゃべればしゃべるほど、説得力のなくなるキャラクターだったから」とのこと。ラストの敵との一騎打ちでは、とにかく正面から相手に向かってゆっくり歩いて(走ったりなんかしない)進んで行く「なんて無茶な!」と唖然とさせる手法で、いつのまにか観客を魅了してしまう。ちょっと定かではないが、このラストの歩いて行く感じはイーストウッドのアイディアでないかと言う気がする。私たちの描くイーストウッド像が生まれ始めている映画だった。
じっくり考えてみるとイーストウッドは、クラシック映画の名匠たちの記憶を留めながら、クラシックの手法を打ち破ったレオーネやドン・シーゲルから実地訓練を受けた監督であり、役者としては、アウトローで真っ向勝負というちょっと相反するような二つの要素を持つヒーローを具現している。彼の存在は、アメリカのアイコンでありながら、近年では「硫黄島からの手紙」や「インビクタス」のようなアメリカ外が舞台の映画を精力的に作っていることも忘れがたい。実はとても複雑な要素が、イーストウッドの途方もなくどでかい器のなかに収まっているんだと思う。いつか本物に会いたい。

Lincoln Center is doing a feature on Eastwood’s 40 year film career, The Complete Clint Eastwood. I went to see A Fistful of Dollars even though it was not directed by Eastwood because there was live Q&A with himself! …. but via Skype! Well somehow I can be connected to him, right?  It was funny and also exciting situation that very wide range of audience was waiting for Eastwood appearing on Skype page, from small kids to seniors, whites, blacks and Asians. We’re like ” Yeah! Our hero is here!”

リンカーンセンターでクリント・イーストウッド40年の軌跡の特集が組まれている。その40本近くの上映タイトルをざっと見るだけで圧巻だ。ドン・シーゲル監督の「ダーティーハリー」や「アルカトラズからの脱出」でのイーストウッドの演技も最高にかっこいいし、彼自身が監督する「恐怖のメロディ」「ガントレット」「スペースカウボーイ」「ミリオンダラーベイビー」「グラントリノ」ああ、きりがない。どれも素晴らしい大好きな映画ばかり。映画館でもう一度見直したいものも多いがわけあって「荒野の用心棒」を見に行くことにした。彼の映画キャリアの分岐点になったマカロニウエスタン。だが、そんなことより、この日の目玉は、なんと上映後にイーストウッドをゲストに迎えたQ&A!…でも、Skypeでね。それでも、映画スクリーンにスカイプ画面にイーストウッドが映し出されたときは、子供から老人まで、白人、黒人、アジア人も、みんなが歓声をあげ、まさに「イヨッ、我らの大将!」といったムードで、イーストウッドの器のでかさが感じられた。

彼の言葉で印象的だったのは、「ホークス、キャプラ、ワイルダー、マンらの素晴らしい監督たちの記憶をとどめていきたい」という言葉。この名監督たちが引退した直後に映画界に入り、イーストウッドは彼らと一緒に仕事をすることできず、悔し思いをひきずっているそうだ。だからこその正直な憧憬の言葉に感動。その一方で65年製作の「荒野の用心棒」の撮影時では、イタリアの監督レオーネがハリウッドの倫理規定を知らず、強烈な暴力描写を持ち込んでいくのを見て、それも表現の一つさ、と役を演ずるのを躊躇もせず、レオーネに教えようともしなかったという。実際のところ、イタリア人監督とスペインでの撮影、言葉もろくに通じ合わない環境だったそうだが(イーストウッドは「動物園」と称していた)こんな異様な低予算映画に周囲の反対を気にせず、参加した度胸がまずすごい。

実際には「荒野の用心棒」の第一稿は、あまりにもひどかったらしいが、イーストウッドは、台詞を極端に削って、彼なりに無口でミステリアスな「名のなき男」という設定を作り上げたという。「しゃべればしゃべるほど、説得力のなくなるキャラクターだったから」とのこと。ラストの敵との一騎打ちでは、とにかく正面から相手に向かってゆっくり歩いて(走ったりなんかしない)進んで行く「なんて無茶な!」と唖然とさせる手法で、いつのまにか観客を魅了してしまう。ちょっと定かではないが、このラストの歩いて行く感じはイーストウッドのアイディアでないかと言う気がする。私たちの描くイーストウッド像が生まれ始めている映画だった。

じっくり考えてみるとイーストウッドは、クラシック映画の名匠たちの記憶を留めながら、クラシックの手法を打ち破ったレオーネやドン・シーゲルから実地訓練を受けた監督であり、役者としては、アウトローで真っ向勝負というちょっと相反するような二つの要素を持つヒーローを具現している。彼の存在は、アメリカのアイコンでありながら、近年では「硫黄島からの手紙」や「インビクタス」のようなアメリカ外が舞台の映画を精力的に作っていることも忘れがたい。実はとても複雑な要素が、イーストウッドの途方もなくどでかい器のなかに収まっているんだと思う。いつか本物に会いたい。

cineathome:

Happy Birthday, Clint!

cineathome:

Happy Birthday, Clint!

oldhollywood:

“My old drama coach used to say, ‘Don’t just do something, stand there.’ Gary Cooper wasn’t afraid to do nothing.”
-Clint Eastwood (via vanityfair.com)

I wish all drama coaches in countless acting schools said so. I’m really fed up with would-be-Method actors here in New York.
「なんにもしないで、ただつっ立ってろ。ゲーリー・クーパーはなんにもしないことを怖がらなかったぞ」とイーストウッドは演技のコーチに教えられた、というお話。ニューヨークに数えきれないほどあるアクタースクールでもそうやって教えればいいのに。くたばれ!メソッド系。

oldhollywood:

“My old drama coach used to say, ‘Don’t just do something, stand there.’ Gary Cooper wasn’t afraid to do nothing.”

-Clint Eastwood (via vanityfair.com)

I wish all drama coaches in countless acting schools said so. I’m really fed up with would-be-Method actors here in New York.

「なんにもしないで、ただつっ立ってろ。ゲーリー・クーパーはなんにもしないことを怖がらなかったぞ」とイーストウッドは演技のコーチに教えられた、というお話。ニューヨークに数えきれないほどあるアクタースクールでもそうやって教えればいいのに。くたばれ!メソッド系。

イーストウッドはもうすぐ80。ますます凄くなってる。

イーストウッドはもうすぐ80。ますます凄くなってる。

ニューヨーク在住8年目。おもしろい映画ってなんなんだろう。いい映画ってどうやってつくるんだろう、と考えるためのブログ。